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2004/05/31

ディズニーランドだかシーだか

三ヵ月後の9月にディズニーランドだかシーだかに行く羽目になってしまいやした。
ワタシはこのトシになるまでディズニーランドなんて行ったことがないんでありますが、私の妹はこんなトシになっても毎年こどもを連れて連泊して遊びに行ってるわけで、そのお供をすることになったんでありやす。
あの広大なディズニーランドだかシーだかにあの暴れまくる姪っ子と甥っ子を解き放ったら一体どんな修羅場になることやら・・・。
やせなくてはなりません。
今のままではまた飛行機のシートにはまんなくてエライことになりまする。ヘタしたら高原みたいに肺に血栓ができて病院送りになってしまうかもしれませぬ。それにディズニーランドに行っても、体重制限でアトラクションに乗せてもらえないかもしれませぬ。
ま、頑張りましょ、ストレスたまらない程度に・・・・
ストレスといえば、昨日の夜、またしても姪っ子が我が家に泊まりにやってきて、ピーターパンのDVDをノンストップで見やがりました。姪っ子よ、ワタシは、ワタシは、サッカーの日本代表の試合が見てえんだよ、見てえんだよ。
「ヤダモン、ピーターパン2も見るんだもん」
しょうがない。幸か不幸か日テレが録画放送にしてくれたもんで試合は22時から放送予定だ。いくらなんでもそれまでには寝るべ?
姪っ子はピーターパンに続いてノンストップでピーターパン2を見やがったのであります。ピーターパン2と言いますのは、ウェンディーの娘がネバーランドに行くというお話なのですが、本家ピーターパンには遠く及ばない出来で、ワタシは見ながら眠りこみそうになったのでございます。姪っ子よ、こんなの見ないでサッカー見ようぜ、もう22時だぜ、試合はじまるぜ・・・・
「ヤダモン、最後まで見るんだもんっ」
・・・・・・しょうがない・・・プロ野球中継が延びたせいで放送時間が繰り下がってるし、ヤナギ先発じゃないし、我慢すんべか・・・・。
ピーターパン2のラストはウェンディーの娘が妖精を信じる心を取り戻した上に、出征していたお父さんが家に帰ってきてめでたしめでたしというラストシーンを迎えたのであります。
さ、姪っ子よ、もう23時だし、おねんねの時間でちゅよ〜〜〜
・・・・・なんか様子がヘンです。なきそうです。そう、姪っ子の家にはもうお父さんは帰ってこないんです(離婚したからさ)・・・
「ヤダモン、寝ないもん、今度はトトロ見るんだもん!!!」
いや、いくらなんでももう寝ないとだめだべや、な、寝よ?
「ヤダモン!!!!!!」(大泣き)

結局姪っ子の希望どおりにとなりのトトロをノンストップで見る羽目になったのでございました。ああ・・・・サッカー見てえのになあ・・・・・・・
翌朝、姪っ子は上機嫌で保育園に出かけていったのでやんすが、
ワタシはネットでヤナギがまたしてもシュートを外して外して外しまくったのを知ってどんよりしたのでございました。
いいんだ、ヤナギ、シュート10本外しても、11本目を入れたらいいんだ、次の試合、イングランド戦でベッカムさまに目にもの見せてやれや。

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2004/05/20

いろいろありまして

このほど、祖母が亡くなりまして、葬儀やらなんやらを終えて今一息ついたところであります。もう何年も前からいつ何があってもおかしくない、と医師から宣告されていたのですが、直前まで元気で、気がついたら呼吸が止まっていたという感じで全く苦しまないで逝けたのがせめてもの慰めであります。
祖母は90歳なのですが、十年くらい前から自分の葬式のことをいろいろ考えて遺言に残した上に、自分の娘達に言い聞かせていました。
まず第一に、自分の娘とその家族だけで葬儀を挙げて欲しい、関係者とかなんとかいうのは呼ばない、いわゆる「家族葬」をというのが希望でした。30年前に亡くなった祖母の夫が現職の村長だったため、葬儀関係で山のように人が集まり、えらい苦労をしたのが理由らしいです。
第二に、無宗教の式にしてほしい。祖母自身が神も仏も全然信じていなかった上に、祖父の供養を依頼したお寺さんが、途中からなんというか拝金主義というか、生臭坊主というか、そんな感じになってしまったんですわね。月命日にお経をあげにくるのですが、そのお経を平気で省略して帰ったり、茶髪のガラも態度も悪いお兄ちゃんがやってきたり、関連している福祉団体が国からの助成金を着服してその寺の宗教法人にお金が流れているというニュースが流れたときに何の釈明も説明もしないで「山門建設のための寄付のお願い」というワープロ打ちの手紙を一通よこしたり、という感じでした。
第三に、祭壇には一面、コスモスを並べて欲しい。今時期は無理なので、なるべく菊を少なくして華やかな花を多くした上に、母の造花(アートフラワー)のコスモスも添えることで妥協いたしました。
で、親戚一同家族葬(しかも無宗教)なんてやったことがないわけで、自宅に祭壇をつくってその前で飲み食いして楽しく送ろう、ということになりました。やってみてわかったのですが、何せ知り合いばかりで遠慮も何にもしないのでちょっと気を抜くと収拾不能なバカ騒ぎに発展しそうになります。
そして昨日荼毘にふしたのですが、よりによって「友引の翌日」だったために、火葬場内はラッシュアワーのような人ごみで大混雑であります。聞けば1日で66件の火葬をするため、設備を三回転のフル操業させなきゃ間に合わないのだそうです。待合室で待っているとほとんど5分おきに拾骨室へ来てください、というアナウンスが響き渡ります。祖母の番のときには三件続けて呼び出されたほどでした。そして私たちはお骨を拾いはじめました。ついさっきまでバカ騒ぎをしていたメンバーたちもさすがに言葉少なく厳粛な面持ちです。親切な火葬場の職員の方、親切な葬儀会社の方達のおかげで静々とお骨をおさめていたそのとき、突然この拾骨室の照明だけが電源が落ちて真っ暗になったのです!しーんと静まり返る一同。拾骨室の一方の壁は千鳥格子みたいになっていて、火葬場の入り口付近の廊下を見渡せるようになっているんですが、その廊下には煌々と電灯がついているのです。バカ騒ぎをしたのを祖母が気に入らなかったのでしょうか・・・・・一同がいよいよ静まり返ったそのとき、私の妹の怒声が響き渡りました「何やってんのよ、A子!」
見ると、拾骨室の隅っこの椅子によじ登った姪っ子が照明のスイッチのあたりをいたずらしています!妹が飛んでいって姪っ子をひったくり、スイッチを入れると・・・・もちろん明るい室内が戻ってまいりました。ハイ、もちろん、一同バカ笑いをしてしまったのでございます・・・・・・・・・・・。
教訓・家族葬もけっこう大変です

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2004/05/06

暗黒のゴールデンウィーク

私は子供の頃はとても体質が弱くて、特に4月から6月半ばにかけては小学校の出席率が50%以下という体たらくでございました。
ウチの隣の家の庭に生えいていた白樺の木の花粉とどうも相性が悪かったらしく、いわゆるアレルギーてやつでした。
アレルギーの減感作療法を受けたのと、隣の家が庭をつぶしてアパートを建ててくれたおかげで現在はぴんぴんしております。
そういう私の健康問題と、おそろしく出無精の父と、おそろしく方向音痴の母と、ぜんそく持ちの祖母に囲まれて育ったため、毎年毎年GWは旅行どころか動物園とか植物園なんかにも行ったためしがなかったのでございます。
じゃあ何をするのかというと、家の庭の掃除とか、犬の狂犬病予防接種を受けに行くとか、近所の川につりに行くとか、ま、その程度だったんですわ。
そんな何にもないGWを過ごしてきた私が今年、ほとんど生まれてはじめてとも言ってもいいほどアクティブなGWを過ごすことになるとは・・・・
それもこれも妹が離婚したのがいかんのですわ。
妹はこんな家に生まれ育った反動で、結婚後は休みとなれば一家そろって行楽地に出かけていくんです。もちろん離婚した今でもその性癖はかわらないわけでごぜえます。だがしかし、込み合う行楽地に妹一人であの姪っ子と甥っ子の面倒を見るのは不可能に近い。で、しょうかないので私がついていく羽目になったのでございます。
最初は市内の円山動物園、ゲートをくぐったとたん、全開で走り回る姪っ子と甥っ子ども。象を見て笑い、ヘビを見て泣き、観覧車に乗るといって地べたにひっくりかえって泣き・・・・・・。
予想通りの暴れっぷりだぜベイベ。
で、次の日も動物園に行くって言うんだぜ。バカじゃねーのか、と思ってたら、わざわざ札幌から旭川の動物園に行くっていうんだぜ。行きましたとも、軽自動車で高速料金節約のため普通の道路走って行きましたとも。そんでもって混んでましたよー。シロクマ一回見るのに一時間近くかかりましたよー。トイレに入るのに30分以上かかりましたよー。で、ぐったりして旭川を後にしたのに、妹のやつってば、美唄の温泉に入っていくべ、て言うんだぜ、勘弁してくれよー、わしは家に帰って寝たいんだよー。しかし、妹にひきずられて行きましたとも美唄の温泉。いい湯でしたわ。あんまり混んでなかったし。湯上りにお約束のフルーツ牛乳を一気飲みして、家に帰り着いたのは夜の10時を過ぎておりましたとも。
更に更に、翌日には小樽の水族館に行くって言うんだぜ〜〜〜。
アホじゃねえのか、まだ動物見るのかよ、テレビで見れよ、と悪態をつきながらも、ついていくしかないわし。しかも当日は冷たい雨が降りしきるお天気だったりします。寒いと泣き叫ぶ姪っ子、トドが怖いとしり込みする甥っ子、館内に入ったとたんに予想通り走り回って迷子になりかける二匹。「イクラ、もう一回みるにょ」と言ってきかない甥っ子(ヤツの言うイクラとはイルカのことである)・・・・・・。
その日のお昼は妹が小樽の某ホテルのランチバイキングをおごってくれたんで機嫌を直すことにしたのさ。しかし、その後観覧車に乗ると言ってきかないのよ、姪っ子と甥っ子が。妹はイヤだと言い張るのだが、すぐそばにキレイな観覧車を見せ付けられてはしょうがないではないか、乗るべ、観覧車ぐらいさ。
しかし、私は甘かった。私が最後に乗った観覧車は小学生のころに乗ったちゃちいヤツであった。そのホテルのそばにある観覧車というのが、ホレ、最近お台場とかにあるじゃないですか、夜はライトアップとかするデカイあれなんですよ。実は妹は高所恐怖症だったのでありますが、しょうがない、乗りましたよ。さらにさらにおそろしいことに、ホテルのランチバイキングを食べると、そのごほうびに「観覧車を二周する権利」がプレゼントされる仕組みになっていたのだ!!!!!!!すまん、妹よ、我慢してくれ。生まれてはじめて乗ったでかい観覧車に興奮する姪っ子と甥っ子は観覧車の中でも大暴れに暴れまくる。頼むから、頼むから、静かにしてくれやや、動くなや全く、なあ、妹よ・・・、と見てみると彼女は蒼白な顔をして座席の上で縮こまっていたのでありました。ああ、もう二度と乗りません、はい。
その後妹はまたしても温泉に行くと宣言したのでございました。ええ、もちろんつかりましたとも、温泉に、長時間・・・・。家に帰りついたのはまたしても夜の10時をすぎておりました。
そして、昨日のGW最終日!!!!!この日だけは何も予定が入っていない!!!!
決まってるじゃねえか、NHKのハイビジョンテレビでアントラーズの試合見るのさ・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・一点も取れずに負けちまうし・・・・
ヤナギは(まあ、去年の12月あたりから覚悟してたけれど)アレだしさ・・・・・・・。
生まれて三十ウン年、史上最悪のGWだったのではないだろーか。

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